このお話は・・・
全国のコールセンターで働く派遣社員3人が「ま、いいカンジじゃね?」と思う(はず)!
満を持さず、誰も待望していないけれど小説化!!
コールセンター(某大手通信のネット回線開通の工事日をする窓口)を舞台に新人オペレーター菊川文子と、某アニメ並の完璧超人 鮎川義人が繰り広げるドタバタ劇。
約2年間、LD(リーダー)を務めた筆者がコールセンターと派遣社員の現実をけっこう赤裸々めに、ソコソコのスケールで綴っていきます。
気がつけばコールセンターから身を引いて5ヶ月位たってしまいました。
この「ザ・コールセンター」にしろ、コールセンター仕事術にしろ、現場の声ではないんじゃないかとも思いますが・・・
現場を離れたからこそ見えてくるものもあるわけで。
そういう「良い意味での上から目線」をお届けできればイイなぁと思っております。
今回の登場人物
菊川文子(きくかわふみこ)
主人公/二十●歳/コールセンター未経験からスタートした新人/派遣社員/全編通しての語り手/タバコはピアニッシモ
鮎川義人(あゆかわよしひと)
主人公/三十三歳/派遣社員/タバコはケントの1ミリ/メガネ/声が低い/このコールセンターの絶対エース/正論を歯に衣着せずズバズバいうため敵が多い
相葉智之(あいばともゆき)
教育係/三十三歳/コールセンター歴1年のSV(スーパーバイザー)/正社員/実はけっこう肉食系?
【小説】ザ・コールセンター 第13話「プロの矜持」
薄暗い密室。
わたしは、わたしの足元に跪く(ひざまずく)鮎川さんを、見下ろしていた。
・・・といっても、色っぽさもアブノーマルなフェティシズムもない。
彼が喫煙ルームでFRISKをぶちまけてしまい、それを拾い集めようと床にはいつくばっているのを呆れながら見ているだけである。
「なぁ、お前も拾うの手伝ってくれよ。」
上目使いにわたしを見つめる瞳に心が・・・動くわけはない!
わたしはわざと聞こえるように大きくため息をついた。
「知りませんよ、そんなこと。清掃員さんにお願いして片付けてもらいましょうよ。」
「バカ言ってんじゃねー!洗って食うんだから全部回収するんだよ!!」
「・・・マジかよ。」
残念ながら、この人がこのセンターのエースオペレーターにしてLD(リーダー)の鮎川義人である。
最初は誰も信用しないが、紛れもない事実である。
「・・・どうでもいいけど、パンツ見えてるぞ。」
その言葉にパッとスカートを抑えたが、彼は何の興味もないとでもいうようにFRISK回収作業を続けている。
それはそれで腹が立つ。
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木本たち派遣組が契約終了にともなってこのセンターを去ってから、あっという間に2週間がたった。
今、このセンターにいる派遣社員はわたしと鮎川さんの二人だけだ。
一気に8人のオペレーターが減って、業務はてんてこ舞い。
そして今日から10人の正社員がこのセンターに着任する。
わたしたちは彼らの教育係を仰せつかった。
・・・派遣社員に正社員の教育をさせるなんて、どういうつもりなんだろう。
教育用のマニュアルはあるにはあったが、4年前で更新が止まっていた。
ただでさえ人が抜けて日常業務が積滞している状態だったから、日中に更新作業をする時間なんてない。
結局、2週間毎日のように二人で終電まで残業して、鮎川さんはさらに始発で出勤して前残業して、なんとか今日に間に合わせることができた。
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今日から着任する正社員さんたちは、スキルはないけれどヤル気あふれる若者・・・
ではなく、一番若くて45歳のおじさま、というフレッシュとは程遠い面々だった。
この会社は、手広くいろいろなことに手を出している。
わたしたちが派遣されているこのコールセンターは、そのうちの一プロジェクトに過ぎない。
今回着任した正社員の皆様は、何らかの事情で閉鎖したプロジェクトから流れてきた人たちだった。
・・・木本たちの派遣切りの直接的な原因が、彼らを受け入れるための席を用意するためだったというのを知ったのは、もう少しのことである。
フレッシュであろうとなかろうと、まあそれはいい。
ただ・・・PCでの文字の入力方法から教えなければいけないとは思わなかった。
・・・一体、彼らはどうやって今日まで仕事をしてきたのだろう。
しかも、何度教えても覚えてくれないどころか、メモすら取ろうとしない。
挙句にセクハラまがいのジョーク(でなければ困る!)を連発しては、仲間内でゲラゲラ笑っている。
何でこんな奴らがのうのうとボーナスもらって、交通費もらって、カレンダー通りの休日と長期休暇をもらって、退職金もらってるんだろう。
同じ仕事どころかもっと仕事をしているのに待遇が違うなんて・・・ここまで来ると労働問題ではなく人権問題だ。
タバコの量が増えた。
化粧のノリが悪い。
・・・ストレスだ。
喫煙室の空気が目に染みる。
なんか最近、空気清浄機の吸い込みが弱い気がする。
ひとつ不思議に思っていることがある。
鮎川さんだ。
同じように不真面目な態度を取られているのに、彼はまったく気にした様子を見せず、淡々と講義をしている。
(わたしには「無駄が多い」「考えが足りない」と何かにつけて文句ばかり言ってくるのに・・・)
もうすぐ休憩時間が終わる。
あと3時間かぁ。
わたしは灰皿に吸い殻を投げ込んで、喫煙ルームを後にした。
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1週間の座学研修が終わり、彼らの執務室でのオペレーターデビューの日がやってきた。
さすがにこの日ばかりは、全員緊張の面持ちで席についている。
(わたしも初めてこの部屋に入った時は、緊張したなぁ)
彼らにやってもらうのは、まったく初めてのお客様に架電し、工事日を調整する一番基本的な対応。
極端な話、スクリプト(台本)を読み上げるだけのカンタンなお仕事である。
わたしと鮎川さんが見守る中、恐る恐る架電を始める若くない新人オペレーターたち。
10人もいるオペレーターを何か問題を起こさないか、気を張って監視するのはかなり疲れる。
ただスクリプトを漏れなく読んで、データ入力を間違いなくやれば終わるはずなのだが、初心者はわたしたちの斜め上をいく問題を起こす。
・・・言っているそばから出た。
セクハラおじさまが、入力日が違っているというエラーが出ているのに、そのまま画面を進めてしまったのを発見。
エラーが出ているのに先に進めてしまうシステムの仕様も問題だが、改善がされない以上オペレーターで注意するしかない。
今回わたしたちが更新したマニュアルにも太く大きな赤字で書いてあるし、座学の講義でも何度も強調していた部分だ。
(ま、最初だし仕方ないか。)
今ならまだ修正ができるし、注意と合わせて修正方法を教えておこう。
そう思い、セクハラおじさまに声をかけようとしたわたしを・・・鮎川さんが押しとどめた。
(ちょっ、鮎川さん。これこのまま進めたらヤバイやつですって!!)
わたしがどんなに目で訴えても、鮎川さんは首を横に振るだけだった。
その後、何件も致命的な間違いが発生したが鮎川さんが動くことはなかった。
ただ、聞かれたことに対しては丁寧に、何度同じことを聞かれてもさらに丁寧な説明を繰り返した。
架電をはじめてわずか2時間。
鮎川さんが新人さんたちの架電を止めさせた。
終業時間までまだあと3時間も残っている。
ニッコリと笑うと・・・とんでもないことを言い出した!
「皆さん。ここまでの架電お疲れ様でした。残りの3時間は皆さんのミスによってご迷惑をお掛けしたお客様にお詫びの電話を入れていただきます。」
「はいいぃいぃいいぃぃいぃぃいい!?!?」
わたしも一緒になって叫んでしまった。
執務室内の他のオペレーターたちの視線が・・・痛い!
しかし、すぐに元の静けさが戻ってきた。
その静けさに、わたしはすべてを悟った。
今日はセンター長は出張中、SVは午後からミーティング、LDはわたしと鮎川さんだけ。
今この部屋にいる管理職はわたしたち2人しかいない。
つまり、今日に限って言えば、鮎川さんは何でもやり放題の暴れん坊将軍ということだ。
彼がやる気のない態度を取りつづける新人正社員をずっと放置していたのも、執務室デビューを1日後ろ倒しにして今日に設定したのも、すべてはこのためだったのだ!
当然、少々お歳を召した中年新人さんたちは口々に文句を言い出した。
- 新人がいきなり完璧な仕事をできるはずはない!
- 最初のうちは、しっかりフォローしてミスオペレーションを事前に止めるべきだ!
- お前らのフォローが悪かったせいでミスったのだから、お詫びの電話もお前らでやれ!
うん、ごもっともだね。
わたしでもそう思うよ。
・・・でもね、おじさまたち・・・
相手は鮎川さんだよ。
「うるせぇクズが。黙って電話しろや この無能ども!」
「な、何だと?」
「聞こえなかったのか?ああ、そうか。ジジィだから耳も悪いのか。」
「お前、派遣だろう!正社員に向かって何だその口の聞き方は!?」
「ああ、正社員っていうのはマニュアルに書かれたこともまともにできない役立たずのことをいうんですか?」
「貴様、このことはセンター長に報告するからな。」
「どうぞどうぞ。『研修をまともに受けず、セクハラまがいの言動を繰り返したせいでまったく仕事を覚えていません』なんて報告したら、次は左遷だけじゃ済まないと思いますけど。」
「グッ」
「あなたたちの過去はどうあれ、今はこのセンターのオペレーターです。派遣も正社員も関係ありません。お客様にとってはあなたたちが会社の代表なんです。やる気があるなら全力でフォローします。ご両親や奥様・お子様に恥じることなく語れる仕事をしていただけることを期待しています。」
すべてが片付いたのは5時間後のことだった。
ぐったりとした様子で執務室を後にするおじさまたちは、さすがにちょっとかわいそうだった。
かなりきつく苦言を呈された人もいたが、わたしと鮎川さんの手厚いフォローもあって、どうにか全員をフォローすることができたことがせめてもの救いだ。
終礼が終わって、喫煙ルームでくつろいでいると、鮎川さんが入ってきた。
わたしは彼がタバコに火をつけるのを待って、口火を切った。
「鮎川さん!何の相談もなしにあんなことするのやめてくださいよ!寿命が縮みましたよ!!」
「君なら喜んでくれると思ったんだけどなぁ。」
「そりゃ少しは・・・じゃなかった!限度ってものがあるでしょうが!!」
「まぁまぁ。これで明日からはあの人たちもまじめに仕事をしてくれるだろうし、結果オーライってことで。」
愉快そうに笑うと、大きく煙を吐き出した。
目が合うと、ニヤッと笑ってわざとらしいウインクをしてきた。
おちょくられているのはわかっているのに、不覚にもキュンとしてしまう。
隊長!その笑顔、インシデントです!
「希望しない仕事に回されて、自分よりずっと若い派遣社員に指導されて、面白くないのはわからんでもないさ。あの年代の人たちはメンツってものがあるからな。」
「・・・じゃぁ、もう少しやりようがあるでしょうが。」
「僕らは今を生きてるんだ。もう肩書やメンツで飯を食える時代じゃない。今この場に適応できない個体は滅びるしかない。それは派遣だろうが正社員だろうが変わらない。」
「・・・鮎川さん、あなたは・・・」
私の言葉を遮った。
「あの人たちだって生きてかなきゃいけないんだ。家族を路頭に迷わせるのは可哀想だろ?」
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2週間後。
彼らは見違えるように熱心に業務に取り組んでいる。
覚えは悪いし、まだまだ業務スキルは足りていないけれど、その目は生き残ろうという野良犬の目だった。
木本たち、今はもういない派遣組と同じ目だった。
あのおじさまが鮎川さんを捕まえて質問を投げかけている。
どうやら、サービスの申込取消を受付けていいか確認しているようだ。
クライアントからは出来る限り取消を思いとどまらせるように言われている。
しかし、強引にリテンションをかければ(=引き止めをすれば)クレームにもなりかねない、正解のない問題だ。
「僕や上司ではなく、この企業のフィロソフィに従ってください。正解のない問題に取り組むとき、人として何が正しいかで判断できる人であってください。それがプロの矜持です。」
「え、わたしの判断でやっちゃっていいんですか?」
「もちろんです。責任はすべて僕が取ります。今のあなたはプロです。僕はあなたを信じます。」
本日の教訓
日本の労働問題はすでに人権問題に発展している。
正社員だろうと今に適応できない個体は滅びるしかない。
次回予告
「悪夢が・・・追いかけてきた。」