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【小説】ザ・コールセンター 第5話「真心の価値」

ザ・コールセンター

このお話は・・・

全国のコールセンターで働く派遣社員3人が「ま、いいカンジじゃね?」と思う(はず)!

満を持さず、誰も待望していないけれど小説化!!

コールセンター(某大手通信のネット回線開通の工事日をする窓口)を舞台に新人オペレーター菊川文子と、某アニメ並の完璧超人 鮎川義人が繰り広げるドタバタ劇。

約2年間、LD(リーダー)を務めた筆者がコールセンターと派遣社員の現実をけっこう赤裸々めに、ソコソコのスケールで綴っていきます。


 

2015/08/11 結構修正しました。

こんばんは。小鳥遊です。

嫁が起きてくれません。風呂、入りたいです。

仕方ないので今夜は5分おきに嫁を起こしつつ、もう一話書きます。

では第5話、よろしくお願いします。

今回の登場人物

菊川文子(きくかわふみこ)

主人公 二十●歳 コールセンター未経験 派遣社員 全編通しての語り手 タバコはピアニッシモ

鮎川義人(あゆかわよしひと)

主人公 三十三歳 コールセンター歴3ヶ月 派遣社員 タバコはケントの1ミリ

相葉智之(あいばともゆき)

教育係 三十三歳  コールセンター歴1年のSV(スーパーバイザー) 正社員

鳴尾浜陽子(なるおはまようこ)

四十六歳 パート パーマのおばちゃん 事あるごとに派遣社員をバカにした発言をする リーダー 絶賛婚活中 加齢臭がひどい 口臭もひどい フケもひどい

【小説】ザ・コールセンター 第5話「真心の価値」

このコールセンターで働き出して1ヶ月。自分ではだいぶ慣れてきたと思う。

前回、同期よりずいぶん早くインバウンドを教わったおかげで、その先に予定されたスキル付与がすべて前倒しになり、だいたいのことは自分でできるようになってきた。

SVの相葉さんを始め、先輩方々もイイ人ばかりで、最近では「フミちゃん」と呼んでもらえるようになった。

そんなある日の午後。インバウンドで受けた問い合わせが、まさかあんなことになるなんて・・・

 

「入院・・・ですか?」

 

来週に工事日が決まっていたお客様からの入電だった。

何でも、ご主人様がガンの手術で入院することになるかもしれないとのことだった。

 

「初期ガンだからすぐに退院できるだろうし、わたしの立会で工事だけ受けてもいいのだけど、インターネットは主人しかしないから、どうしようかと思って・・・」

「左様でございますか。」

 

このセンターはインターネットの回線工事の日程を決めるのが仕事だから、工事さえ終わってしまえば基本的にBye Bye。いわば一期一会。

お客様一人ひとりに専任の担当がつくわけでもなく、ましてや電話の声だけでのやりとり。

普段はめったに情がわくようなことはない。

 

ただ、今回は、なぜかこのお客様が気になった。

顔は見えないが初老の女性だろう。言葉の端々から人の良さがにじみ出ている。

わたしは、お話の切れ目を待って一つの提案をした。

 

「それはご心配でしょう。もしよろしければいったん工事を止めさせていただくというのはいかがでしょう?今回は看病に集中されて、心配事が全部なくなってから改めて工事日を検討されると良いと思います。」

 

お客様はこの提案にとても喜んでくれた。何度もお礼を言われるのでコチラのほうが恐縮してしまった。

午前中、厳しいクレーム対応を受けてブロークンハートだったわたしには、一服の清涼剤のようにさわやかで、心地良いやりとりとだった。

 

その後、業務はつつがなく進み、もう少しで退勤時刻という時の事だった。

もう何年も会っていないおばあちゃんと同じニオイをまき散らし、彼女=鳴尾浜さんがやってきた。

 

「このお客様の工事を未定延期にしたの、あなたよね?」

 

わたしの対応は間違っているとのことだった。

何でも偶然の音確(音源確認=自動録音されているオペレーターのやりとりを確認すること)でわたしが未定延期を受け付けたことを発見したらしい。

 

・・・偶然音確する件数がほかの同期に比べて、圧倒的に多いと思うのは気のせいだろうか。

 

クライアントからの要望として、最短日での工事日調整があり、このセンターでは特段の事情がない限り、工事日変更や延期は受け付けないのが常識だという。

1週間ほど前から朝礼・昼礼・終礼で耳にタコができるほど周知されているから、もちろん、わたしも知っている。

 

「このお客様は、自分からは工事日延期を希望されていないわよね。それなのにこちらから延期を提案するなんてどういうわけ?」

 

一昔前のシャンプーのCMと同じ動きでなで上げる髪から、雪のようにフケが舞い落ちる。

・・・どうでもいいけど、何でこの人は「ど根性ガエルのヒロシ」みたいに、いつもメガネを頭の上に載せているんだろう。

 

まあ、それは置いておいて・・・わたしは釈明を試みた。

「鳴尾浜さんも聞かれていると思いますが、このお客様はご家族が入院されるとのことです。だからそちらに集中していただこうと思い工事延期を提案しました。」

「だから、それをお客様から望まれたの?こっちは派遣社員の意見なんか聞いていないのよ!」

 

わたしの中に、フツフツと怒りがこみ上げてきた。

この前もそうだけど、派遣は関係ないでしょ!

そんなわたしの心の声にまったく気づこうともせず、鳴尾浜さんの話は続く。

 

「あなた達は黙ってわたしたちの言うとおりに仕事すればいいの!あなた達の意見なんてこっちは求めてないの!!半人前のくせに真心とか持ち出さなくていいから、マニュアルどおりの仕事をしてちょうだい!!!」

 

(こ、このクソババァ・・・)

 

 

この人はどうしても好きになれない。

何かというと「派遣」を持ち出してくるし、他のリーダー・SVがふさがっていて仕方なくエスカレ(質問)にいけばものすごく不機嫌そう。業務の指示はまだるっこしくて意味がわからず、仲のいいメンバーにだけ甘い顔をする。

・・・っていうか正社員ならともかく、自分はパートなのに派遣社員より立場が上とでも思っているのだろうか。

 

 

「何ごとですか?」

 

ポンと肩を叩かれ、聞き覚えのある声がした。振り返ると鮎川さんだった。

おかげで頭に登りかけていた血が元の場所に戻った。

 

それから数分、わたしと鳴尾浜さんの言い分(鳴尾浜さんのはヒステリックすぎて答弁になっていなかったが)を聞いた鮎川さんの口から出た言葉。

わたしの脳裏になぜか「ウラギリ」の4文字が思い浮かんだ。

 

「真心なんて電話じゃ伝わらない。真心込めればお客様に通じるなんてのは、知識とスキルを磨かないオペレーターの言い訳だ。

お客様がお金を落とすのは誠意や真心じゃない。サービスの価値だ。

菊川さん。君もコールセンターのメンバーなら、お客様に提供したサービスの価値でモノを語ることだ。」

 

鳴尾浜さんが満足気にほくそ笑んだ。

ほら見なさい、という心の声が聞こえてくる。

 

 

鮎川さんはわたしのことをわかってくれている。

そう思っていたが・・・それはわたしの思い込みだったようだ。

 

この作品はわたしが語り手という形式なので、どうしてもわたしに焦点が当たるが、決して私ばかりが鮎川さんにヒイキされているわけではない。

鮎川さんはわからないことがあってエスカレにいくと、対応が終わった後で、問題の本質と解決方法をていねいに説明した上で、どう応用させるかまで説明してくれるので、ほかのリーダー・SVよりはるかに多くの時間をメンバー対応に使う。

新人であろうと先輩であろうと。

派遣であろうと契約であろうと、パートであろうと正社員であろうと。

誰にでも労力と時間を惜しまない。

それで成績トップというのだから、世の中は不平等にできている。

 

 

全身から力が抜けていくのがわかった。

うん、もういい大人なんだから鳴尾浜さんの小言は適当に流せばよかったんだ。

うまく立ち回れなかったわたしが悪いんだ・・・

 

そう思った時だった。

 

「確かにスキルと知識の不足を言葉だけの真心や自己満足の感情で埋めようとする奴は怠慢です。でも・・・」

「!?」

「彼女はもう十分なスキルと知識を持っています。」

「ちょっと、何言ってるの?鮎川くん。」

「そんな彼女が今回、正しい判断をできたのが『真心』によるものだとしたら、彼女が真心をもって業務にのぞむのも正しいということになります。」

 

鮎川さんを睨みつける鳴尾浜さんの顔は、ぶどう色に変色していて、救急車を呼んだほうがいいのではないかと心配になるほどだ。

そんな鳴尾浜さんをまったく気にせず、彼はわたしの方を向いて口を開いた。

 

「菊川さん。君はもうコールセンター初心者じゃないんだからもっと自信を持つことだ。自分の行動を論理で語れるようになったほうがいい。」

「・・・本当ですか?わたし、自信を持っていいんですか?ウソじゃないですよね?」

「僕は仕事に関してはウソはつかんよ。」

 

ちょっといい雰囲気・・・とか思っていたら、鳴尾浜さんが横槍を入れてきた。

その顔は、ブドウ色から深海魚色になっている。

「鮎川くん。ちょっとあなた!派遣のくせに何を言ってるの!?」

 

(このクソババァ!)

口に出そうになるのを必死にこらえる。

そっと彼の方を見たわたしは・・・背中に氷を入れられたような悪寒を感じた。

彼は、小学校でロッカーに1ヶ月放置した給食のパンを見つけたときのような目で彼女を見ていた。

 

「じゃあ、派遣社員でもわかることが理解できないあなたは、派遣社員以下の何の役にも立たないクソババァということになりますね。」

 

その後、鮎川さんはクライアントの社訓『利己の心を捨てよ。お客様の利益は全てに優先する』を引用し、今回の件が「工事を強引にされた」というクレームに発展した場合のリスクと損失を理路整然と説明した。

周囲のざわつきに異変を感じた相葉さんに救助された鳴尾浜さんの顔色は、深海魚色からダークマターへと変貌を遂げていた。

さすがに可愛そうとも思ったけれど・・・痛快だった。

 

 

全ての業務が終わり、わたしたちは喫煙ルームにいた。

この件で鮎川さんはみっちりと叱られ、反省文の提出を課された。

 

わたしが申し訳なさに腰を90度曲げてお詫びしたところ、

「別に今回が初めてじゃないから気にしなくていい」とそっけない答えが返ってきた。

後日相葉さんに聞いた話では、わたしへの気遣いなどではなく、本当に何度も反省文を書いているらしい。

 

終礼が終わってから1時間が経った。

吸い殻を灰皿に放り込み、喫煙ルームを出ようとする彼に、わたしは思わず声をかけた。

 

  1. ありがとうございました。
  2. ごめんなさい。
  3. 好きです、付き合ってください

・・・

いろいろ言うことはあったはずなのに・・・なぜか・・・振り返った彼に向けて発せられたのは・・・

「鮎川さん。今日時間があったらこれから飲みに行きませんか?」 だった。

 

え!?何それ!?

っていうか、3番目、何でそうなる!?

とりあえず自分にツッコミ入れてみた。

 

「明日も仕事だから、1時間だけね。」

そう言うと、彼は喫煙ルームから出て行った。

 

 

居酒屋への移動中。

わたしは鳴尾浜さんの言葉でひっかかっていたことを聞いてみた。

 

「ところで鮎川さん。」

「何?」

「鳴尾浜さんが『派遣のくせに』っていってましたけど、鮎川さん、社員ですよね?そんなこと間違えるなんて、鳴尾浜さん、興奮しすぎてですよね。」

 

鮎川さんはため息をついてからこう言った。

「冒頭の登場人物紹介のところで僕のところに『派遣』って書いてるだろ?役職もないし君と同じ派遣オペレーターだよ。ってかもう5話目だぞ。」

「えっ?わたしら同期、全員鮎川さんのこと社員だと思ってますよ。」

「マジかよ・・・」

 

つづく

本日の教訓

価値のあるサービスを形として提供できない真心に意味はない

オペレーターの価値は役職や雇用形態ではなく、お客様に提供したサービスの価値で決まる

次回予告

鮎川さんは、わたしの目を見て口を開いた。

「それは君が女だからじゃない。君がナメられるのは覚悟が足りないからだ。」

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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